50代の骨折

こんにちは!

随分とお久しぶりのブログになってしまいました。

6月半ばに自転車で転倒

まさかの左膝脛骨骨折でした。

 

そこから2ヶ月

ようやく身体が動くようになってきました。

 

今日は、良い天気で

退院してから、初めて松葉杖で

ベランダに出てみたりして。

 

 

骨折してから、自分の身体を移動させることに

ものすごく時間がかかり億劫になっていました。

暑さも合ったしね。

 

どこかに出かけよう という気持ちにもなれず

リハビリをしに病院に行く時だけ

気持ちを奮い立たせて、足に装具を付けて

ひょこひょこと出かけていました。

 

 

3週間の入院生活

骨折と手術

足に装具をつけての生活

いろいろな心の変化がありました。

 

助けてくれた女性

 

 

56年の人生の中で

入院の経験は今回で二度目。

一度目は30代の時の虫垂炎でした。

 

骨折した日、その日は風が強かったけど

いつものように、かんちゃんと自転車で

ランチを食べに出かけました。

週に一度の寿司ランチ

あ〜今日も楽しみだ〜と自転車をこいでいたら

 

突然の突風

 

風にあおられ、ハンドルが右へ

あ、バランスが崩れる!と思ったとき

前輪が何かにあたり、自転車が傾きました。

「転ぶ!」

そう思ったとき、左膝から地面へ・・・・

 

一瞬、なんか嫌な感じがありました。

 

 

思い出すと、痛かった わけではなく

動かすことができない という感覚。

左の膝から下の感覚がなんかおかしい。

痛いわけじゃないのに、呼吸が早くなってきた感じ。

 

その場で動けなくなった私をかんちゃんが、

歩道へ移動させようとしましたが

歩こうとすると、左膝が激痛でどうにも動けず

二人で途方に暮れた状態でいると

 

「大丈夫ですか?」

と声をかけてくれた女性の方がいました。

「車の中で少し休んでみたらどうですか?」

と言ってくださり

 

かんちゃん が私を必死に車まで抱えて行きました。

(あ〜痩せよう(T-T) と誓いました)

 

本当にこの時、ありがたかった。

その後、親切に車で送っていただいて家までたどり着きました。

声をかけてくれた女性に感謝いたします。

 

まさか、骨折とは思わず、週末だったこともあり

二日間を家で過ごしました。

 

とにかく冷やそう

冷やせば明日の朝には足の状況が変わっているはず

そう思って一晩を過ごしました。

痛みはなかったの? と聞かれるのですが

動かさなければ、そんなに痛くはなかったんです。

 

ただ、体重をかけることができない。

歩こうとすると激痛!

 

そして、座っていること

足を下げていることが苦痛になってきました。

 

 

トイレに行けない!

 

 

中でも、一番困ったのが、トイレです。

今住んでいるマンションは、トイレと洗面所の入り口に

10センチほどの段差があります。

その段差が、超えられない壁として私の前に立ちはだかりました。

 

最初は、家にあるキャスター付きの椅子で移動し

トイレの段差は難なく超えられました。

 

でも、キャスター付きの椅子は

床を滑りやすく、用を済ませた後

身体を椅子に移動させるのは

誰かに押さえていてもらわないと椅子ごと転倒の恐れがあり

これは、ダメだということになりましたた。

 

そうなると

一人でトイレに行けない。

これは、予想していたよりずっと不便なことでした。

 

 

自力でトイレに行けること

これは、生きる上でとっても大事だと実感しました。

自分のことは自分でやる、の究極がトイレ。

 

「トイレに行きたい」

と、誰かにお伺いを立てることのなんとも言えない苦痛。

 

立てないのだからしょうがない。

それはわかっているけれど

どうしても、ギリギリまで我慢してから

ようやく口に出す。

 

そして、尿意とか便意は

「えっ また? さっき行ったよね?」

というタイミングでやってくることないですか?

 

このタイミングの悪さとか

あと

夜中にトイレに行きたくなったとき

これがまた、困りました。

 

もう、あれこれ考えてないで一人で行こう!と

片足で、ケンケンしながら壁づたいに

トイレのドアの前に行きました。

しかし

片足だけでは、どうにもトイレの中に入れない。

ドアを開けても、すぐ目の前にある便座に、座れない。

あ〜なんてもどかしい!

 

トイレの前に行っては、うなだれてそこから離れる

ということを繰り返していたら

人間は追い詰められると力を発揮するもので

ふと閃きました。

 

そうだ、立って越えようとするから足が痛いのだ。

座った状態で、お尻からこの壁を越えよう!

 

トイレまで、赤ちゃんの はいはい の逆

 

お尻と両手で身体を移動させながら

トイレへと近づきました。

 

そして、トイレとの段差を、腕を使って

お尻から這い上がりる!

やったーーー! ついにトイレに到達!

あとは、同じ要領で便座に身体を乗せるのだ!

痛くない方の足を使いながら

便座へとよじ登り座ることに成功

 

「長い道のりだった〜〜〜〜」

 

これで、一人でトイレに行ける!

 

そう思いましたが

 

自分の体重を支えて移動すると

もうぐったりと疲れてしまい

トイレのための移動も2日目になると

限界を感じてきました。

 

そして、一向に状態が変わらず

さすがに歩けないのはちょっと変かも・・・

と、かんちゃん と話し合い病院に連れて行ってもらいました。

 

 

まさかの骨折

 

次の日朝一番で病院へ

 

レントゲン写真をみた先生は

「これ折れてるよ」

と一言

 

「え!!! 先生、どこが折れてるんですか?」

と思わず聞いてしまいました。

 

私には、骨は折れていないように見えたのです。

だって折れてるって

イメージではこんな感じで

 

 

目の前にある自分のレントゲン写真は

綺麗に骨が繋がっていましたから。

 

すると先生は

「ここに細く縦に線が入ってる、これが骨折。

問題は、この線がどこから始まっているかだ」

「CT撮ってみよう」

 

そして CTを撮った後

「あなた、これ重症だよ。膝脛骨内で骨折してる」

 

「今日入院して、明日手術」

 

なんと

まさかの骨折

そして 手術

 

 

本当に人生とは、何が起きるかわかりません。

 

 

膝の脛骨内の骨折は

とっても珍しい症例なのだそうです。

体重を支えている場所なだけに

完治するのに時間がかかるのと

安静期間が長くなること

レントゲン写真を見ながら

先生の話を聴いている時は

このことがまだ理解できていない私でした。

 

手術したら、早く治る。

そう思っていました。

少し歩く練習をしたら、また前のように歩ける

と軽く考えていたのですが

 

なかなか、どうして

そう簡単にはいきませんでした。

 

一人では何もできず

入院の荷物も、かんちゃん がいったん準備しに帰宅して

届けてくれました。

 

 

動ける喜び

 

手術は、以前に体験した盲腸の手術より

ずっと楽でした。

ただ、手術後の足の腫れにはびっくりしましたが

だんだんと確実に腫れは引いていきました。

 

この足は、まだ腫れてる状態ですよ^ – ^

 

 

そして、思ったことは

身体を動かすことの重要さ。

リハビリは手術の次の日から始まりました。

午前と午後の2回。

足をマッサージしてもらい、少しずつ動かして行きます。

マッサージは、「ひょえ〜〜〜」と思うほど痛くて

最初は恐怖でしかありませんでした。

でも、この痛みを超えた先に

回復 の2文字があることを

どんどん実感して行きました。

 

痛いな〜と思うリハビリでしたが

「いた〜い!」とか言いながら

リハビリの先生と会話したり、足を動かしたり

リハビリ室まで移動することが

だんだんと楽しくなってきました。

 

そして、車椅子から松葉杖へと動ける範囲が

広がっていくと、気持ちが明るくなって行きます。

 

自分でできることは自分でやる。

最初は看護師さんがなんでも手伝ってくれたのですが

(着替え、トイレの移動、歯磨き、洗髪、入浴)

一つ一つ自分でできるようになるのは

まさに 喜び でした。

 

喜びは、自己肯定感をあげます。

何もできない自分から、脱皮して行く自分を感じました。

 

この過程はとても貴重な体験でした。

できないときは、惜しみなく愛情をかけてもらい

できる範囲のことを少しずつやっていく。

この惜しみない愛情とは

看護師さんたちです。

 

もう、本当に頭が下がりました。

お仕事といえば、それまでですが

入院生活を思い出すたび感謝が湧いてきます。

 

そして、歩く練習が始まると張り切っていたとき

こんな装具をつけることになりました。

 

 

膝に体重がかからないように過ごすための装具。

いやいやいや、これじゃ歩けないし。

というところから始まりました。

まず、装着するのに汗だくになり

立ち上がって、一歩踏み出すのにさらに汗だく

何歩か歩いたら、額から汗が床にポタリと落ちる。

 

高校のときの部活みたいな汗をたくさんかきました。

そして、

最初は、こんな装具をつけるなんて言ってなかったし。

歩く練習するって言ってたのに。

なんで、退院が予定より長くなるわけ?

私の中でブーブー文句が出てきました。

 

入院して1週間が過ぎ

当初2週間の入院の予定が1週間伸びて

ちょっと気持ちが落ち込んだ時でした。

若くはないけど、この先短くもない

 

 

自分の身体が思うようにならない。

 

行きたいところに行きたい時にすぐに行ける。

自由を象徴するような言葉ですが

行きたいところにすぐ行けないのが

こんなにもどかしいことだとは思いませんでした。

 

とにかく移動するのに時間がかかる。

 

そして、自分の年齢のことも考えました。

50代。閉経後

医学的には、骨がもろくなり始める年代。

 

もう若くはないけれど

この先が短いわけでもない。

 

そう思った時、

「あ〜認めたくないんだな」と気づきました。

 

若くはないんだ というこの言葉を

どこかで他人事のようにしてきたけど

怪我を治す という視点から見ると

考慮しなければならないという事実。

 

投げやりでもなく

50代という年齢は、そういう年齢です。

 

今は、慎重にならざるを得ないのだ。

どんどん骨が作られる年代はもう過ぎた。

そのことをしっかりと認めよう。

 

若く見られることを目指すのも良いけれど

それよりも、大切なことがあるのかも

と思いました。

 

人生100年としたら

あと約50年を生きることになる。

結構年月あります。

 

どんなふうに生きるか。

 

それは、この身体を通して生きていく。

身体を取り替えることはできない。

だとしたら

今の自分と向き合う

これまでより、もっと深く向き合うこと

もう、ありのままを認めるしかない。

 

そうすると、焦りが消えて

ブーブー文句も何処かへ行きました。

 

装具をつけての歩く練習も

汗だくになりながら、黙々とやりました。

 

一歩踏み出すことに全集中。

汗は、顔からポタポタと廊下に落ちました。

 

何にも考えないってこういうことなんだと体験しました。

目の前の一歩を踏み出すのに

こうやって、足をこういうふうに出して

とか考えていると、身体のバランスが崩れる。

 

頭の中が空っぽで、ただ足を前に出す。

そういうときは、身体が軽くて次の一歩がすんなりと出る。

 

頭で考えるより、やってみた方がいい。

これをリハビリを通して体験しました。

おそらく、これからのリハビリにも生きてくると思います。

 

これからどう生きていくのかは

身体という器が鍵を握っている。

そして、自分の思い通りにはいかないのがこの身体なのだと

私は思いました。

 

思い通りにいかない ということは

自分が思っているよりも

自分は、「すごい」のかもしれない

ということも含んでいます。

 

ありのままの自分を認めたとき

そんな可能性を同時に感じました。

 

8月ももう終わり

北海道は秋の気配が漂ってきています。

 

もうすぐ足の装具を外してもよい と

医師から許可が出そうです。

 

次はどんな展開があるのか

何が起きても、向き合っていくと決めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • コメント: 0

関連記事

  1. 50代からの人生を創作するために

    更年期からが黄金期

    久しぶりのブログとなりました。2021年になり気が付け…

  2. 50代からの人生を創作するために

    更年期からが黄金期 〜体型の変化〜

    更年期からが黄金期^ ^シリーズで書いています。今回は…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

メルマガ

LINE

ラジオ

FACEBOOK

  1. ラジオ

    さとざっぷ
  2. 数秘術

    ■数秘術条件付け1〜自転車をこぐ人
  3. 数秘術

    相手に寄り添うこと
  4. 「生きる技法」を読んで
  5. 日々のエッセイ

    曼荼羅アートと女性性
PAGE TOP